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起業

起業・独立の前に松陰先生から6つの重要なお話があります。

起業・独立の前に松陰先生から 重要なお話があります。

今回は僕が起業を決心する際に、めちゃくちゃ背中を押してくれたある人についてのお話なんですけど、まあ、タイトルの人です。笑

吉田松陰先生です。

吉田松陰先生の言葉を現代語にした本があるんですけど、それを読んだ当時の僕は本当に神の啓示を受けたかのように、ビビビーン!!ときたことを覚えています。

こうなんていうんでしょうかね、目から鱗な言葉は正直ないんですけど、当たり前のことをすごく優しく、かっこよく言ってくれるんでございます。

心を固く縛る縄を、優しくほどいて、さあ行きなさい!と言われているような。

僕程度の文章力で書くとなんとも宗教じみていて残念な雰囲気になってきたので、本題にさっさと入りましょうかね。

これから独立しようとしている方や、起業しようとしている方、なんとなく生きる力が湧いてこない人や、就職活動をされている方、控えている方の背中を少しでも押せるようなものになればいいなと思って、書いていきますね。

ぶっちゃけこの1冊で起業しました!

運命の一冊

僕が起業したのは今年の1月の始め頃、手続きとかも含めると起業しようと決意したのは去年の秋頃でした。

就職活動もうまくいかず、興味のない仕事を文句言いながらやるくらいなら、やってみたいことを文句言わずに頑張ってみたい!と思って、就活をやめて起業への準備を始めたんですね。

起業の準備といっても、資本とかはないので、とりあえずググる。

ひたすらググる。どういう手続きが必要なのか、ハンコはどんなものが必要なのか、設立費用はどのくらいかかるのかなどです。

実務的な内容を調べているときはいいのですが、それ以外のときは本当に不安と期待しかありません。

正確に言うなら、不安が9割で期待が0.5割、もう0.5割はどっちにも傾くふらふらした要素です笑

ときには不安にもなるし、ときには期待にもなるっていうふわふわした要素。

これが結構きついもので、実務内容を調べるのもわからないことだらけでしんどいし、そうでないときもわけわからずに不安になっているのですから、結構きつかったと思います。

そんなときに、ふと吉田松陰だ!!!と思いついて、すぐに吉田松陰の書籍をググり始めたときがありました。

去年の大河ドラマが「花燃ゆ」という吉田松陰の妹が主人公のお話で、毎週見ていたのですが、そういえば吉田松陰ってめちゃくちゃ熱い人だったよな!って急に思い出して、本を探していました。

そしてすぐに本を発見して、もういてもたってもいられなくなって、本屋さんに直行して買ったわけでございます。

僕こういう衝動にかられることがよくあって、だいたいこういうときは当たっているというか、直感に頼ってよかったとおもうことが多いのですね。

今回もそんな予感がする…といきり立って買った本がこの「覚悟の磨き方」という本でした。

独立には覚悟が必要

行動をおこす覚悟をする

先に僕がこの本を読んだ感想を書いていこうと思います。

何をしていくか、この場合でいう何でビジネスを始めるのかという点においては、ないがしろにすることは出来ないにしても、独立・起業には覚悟をすることが一番大事なのだと感じました。

少しやったくらいで、めまぐるしい成果の出ることは一つもなくて、絶え間ぬ努力と、決して諦めない気持ちをもって日々目の前にあわられる問題を乗り越えていく過程の中で、成果が少しずつ出るのだろうと思います。

誰かの成功例とかなんてものは、その重要な過程にはほとんどフォーカスしておらず、まるで起業をしたら成功しましたくらいの結果論だけをフォーカスしたものが多いので、大事なところが見えてきません。

当時の自分を振り返ってみると、目の前の事実に憂いたり、何かを始めるときに何かを失うことを恐れていたり、不安を解消したいからいっぱい成功例を調べて、少しも行動をしていなかったりと散々なものでした。

ときには、人の言った言葉をまるで自分が考えた言葉のように猿まねして、自分は高尚なところにあるんだと自負することで精神を保ったりもしていました。

これらは何の意味もないことで、そんなことをしてしまうのは自分が前に進むという覚悟ができていないからだと気付きました。

引用させてもらいます。

自分はどうあるべきか
反求諸己。
「すべての問題の根本は自分の中にある」
どれだけ大きな計画であっても、物事を動かす基本はここにあります。
計画がうまくはかどらずに悩んだときは、外部に答えを求めることなく、「まず自分はどうあるべきなのか」
雑音から距離を置いて、ひとり静かに考えてみましょう。

流れを変えるのは自分の行動
幸運とか不運というものは、天から無差別に降ってくるものではなく、すべて自分の方から求めているものなんです。

そのことを思い出すことができれば、他人のせいにしたり、組織のあり方に腹を立てたりすることなく「自分の行動を変えよう」という発想に行き着くことができるはずです。

すべての問題の根源や、目の前に起きていることは自分のこれまでの行動によって作り出されたもので、この先を動かしたいなら、今ここの時点にいる自分が行動を変えていくしかない!
もうこれまでの行動をガラッと変えて、この先の人生を自分で作り出すことを覚悟しよう!

そう思ったんですね。

その瞬間に起業しよう!そしてできるだけ人の役に立つことをしよう!と考えるようになり、現状を憂うことをやめて、目の前のことにしっかりと向き合おうと決めました。

吉田松陰という生き方。

吉田松陰

吉田松陰先生は正直、行動のプロです。

行動するならば、今の状況とか完全無視して突っ走るクレイジージャーニーみたいな人です。

そのいくつかを生涯をみながら、ご紹介したいと思います。

生い立ち

吉田松陰は文政3年(1830年)に今の山口県萩市で杉百合之助の次男として生まれました。

その後、兵学師範の家である吉田家に養子となったので吉田寅次郎という名になっています。

松陰先生はめちゃくちゃスパルタの叔父さんに小さい頃からかなりしごかれていて、猛勉強の日々だったそうです。

武士からめちゃくちゃしごかれるって考えただけでも恐ろしいですよね笑

気合いで腹切っちゃう人たちですからね、生半可に勉強したらもうボッコボコですよ。。

そんな厳しい教育の甲斐あって、9歳のときに兵学師範となって、13歳でなんと長州藩を率いて西洋艦隊撃滅演習を行ってしまいます。

もうすんごいエリートになっています。こうなれば、吉田家も杉家もおじさんも寅次郎(松陰)のこれからが希望に満ち溢れていたことでしょうね。

しかしアヘン戦争で清がボコボコにされたことを知り、これまでの兵学では通用しないと痛感した松陰先生は、西洋兵学を学ぼうと九州へ留学します。

このときにあの佐久間象山先生と出会ったりと、今後の人生を変える出来事が松陰先生を待ち受けていました。

さて、留学も終わり、萩へ戻ってきた松陰先生は、九州であったことを興奮しながら、周りの人に話すのですが、同時にど肝を抜かれる計画を立てていました。

それが、東北旅行計画です。東北を自分の目で見て回り、世界を知ろうとしたのです。

ここで問題が発生します。

衝撃的な行動力

向こう見ずな圧倒的行動力!!

 

①長州藩からの通行手形の発行を待てずに、脱藩して旅行を強行!

昔は今と違い、藩が1つの国として機能していたので、藩と藩をまたぐときは、通行許可証として手形が必要でした。

この通行手形の発行が待てずに、脱藩浪士として、東北へ旅してしまいます。

いや、待っていれば間違いなく通行手形降りたんですよ?

しかし松陰先生は待てなかったんですね〜〜笑

これには理由はあるのですが、一緒に東北に行く宮部鼎蔵と出発を約束した日があり、その約束を守るために脱藩して強行突破。

今でいうならば、1流企業のエリートで働いていながら、見聞深めようと有給をもらって、海外に行こうとしていて、有給をもらえるのが遅いからって、会社を辞めてしまうようなものです。

しかし当時脱藩なんてそれよりも重いですから、下手すれば死罪です。

行動するためなら、今の状況完全無視です。今すぐ動いてしまいます。

これには家族もめちゃくちゃ衝撃を受けたようで、泣いて悲しんだそうです。

でもこれだけではありません。

ペリーが来てしまいます。。。

②黒船に乗り込んで、海外への密航計画!

1853年にペリーが浦賀沖に来航して、騒然となっていた当時の日本で、1人いやに冷静な男がいました。

そうです、松陰先生です。当たり前です。

松陰先生はここで、外国を自分の目で直接見るチャンスだ!と捉えて、小舟を奪って、金子君と一緒に黒船まで突き進みます。

深夜だったのですが、なんとか自分たちの思いを黒船の乗員に伝えるのですが、外交上ここでアメリカが密航を許しては、条約なんて結べそうにもありません。

アメリカからの答えはNO!そりゃそうです。

失意の中、黒船から帰ってきた松陰先生はなんと自主してしまいます。

もちろん即刻牢屋へぶち込まれてしまいます。

しかし、この行動力はさすがに松陰先生を知る人や、当時の識者たちに衝撃を与え、今後松陰先生はあの黒船に乗り込もうとした男として有名になります。

いわば武勇伝化したのですね。

もちろんこんなことをしては死刑は免れないところですが、当時の老中首座の阿部正弘が反対したために辛くも助命。

もう奇跡ですね。

ここでもどんな状況になろうともそんなこと完全無視で行動してしまっています。

この強い知識欲や行動力はあのペリーも驚嘆し、こんな若者がいる日本という国の前途はなんと輝かしいことであろうか!と褒め称えたそうです。

こんな衝撃的な行動力を物語るような言葉を松陰先生は残しています。

未来のために
やってしまえば、こうなるとはわかっていましたが、やるべきだという、私の熱い血には逆らえなかったのです。

いけるときは今しかない
出し惜しみしないでください。
「いざとなったらできる」というのは、ふだんからチャレンジを繰り返している人だけが言えるセリフですよ。

これらの言葉からわかるように松陰先生は今に全力であり、常に挑戦と行動を重んじていました。

過激かとも思えるでしょうが、自分のことに置き換えてみると、どれほどまでに挑戦しやすい状況かよくわかります。

挑戦したところで、死罪になることはないですし、罪人として牢屋にぶちこまれることもありません。

恵まれた環境にいながら、挑戦しない口実を作ることは現状への怠惰といえるかもしれません。

江戸時代末期という時代背景

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江戸時代末期は行動を起こして、世界が変わる可能性がとても高い時代だったと思っています。

あくまで結果論ではありますが、当時の政府である幕府が転覆し、新しい時代に突入するという時代です。

松陰先生が行動して活躍していた時代は、まさか幕府がひっくり返るなんて、一部の志の高い人達しか考えていないようなことで、本当にありえないことでした。

松陰先生は幕府を倒すというムーブメントの火付け役だったのです。

結果論から見れば、成功ということですが、当時の人達は本当にこんなことできるのかと思っている人も多かったのですね。

松下村塾

松下村塾

松下村塾

 

幕末の一連の動乱は、このままでは日本は諸外国の食い物にされてしまうという危機感から、既存の組織をぶっ壊して新しい日本を作ろうと奔走しているという状態のことだと思います。

この幕末の動乱は、多くの血を流して、行われたことでしたが、そのような状況でも命をかけて、志を遂げようとしていた人が今よりも多かったのでしょう。

幕府を潰すなんて、口に出して、バレようもんなら即死刑ですからね。

そりゃものすごい覚悟で挑んだことでしょう。

ところでそのとき松陰先生は、あれほどの罪を犯したので、山口の実家で蟄居させれます。

もう江戸に渡って、いろいろな人に会い、行動を起こすことすら許されません。

あれだけの行動派の松陰先生からしたら、生き地獄のように思えますが、形を変えて行動を始めます。

それが松下村塾です。

妹である文(ふみ)の強い勧めもあり、松陰先生は松本村にある自宅の一室を使い、叔父が開いていた私塾の松下村塾を復活させます。

志を共にする人と、共に学んでこれからの日本をどうしていくべきかを考えていきました。

この松下村塾に久坂玄瑞や高杉晋作、農民だけどキレのある意見を言う伊藤博文などが学んでいました。

当時この私塾は危険な講義を行っていると何回も弾圧を受けますが、それを乗り越えて、日々楽しくみんなで学んでいたようです。

中にはこんな松本村から日本を変えるなんて馬鹿げたことがあるかと嘲笑する人もいましたが、彼らの志は本物でした。

そして、本当にこの松本村の松下村塾から日本を変えるムーブメントが起こっていくのです。

現代との対比

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では現代と幕末ではどんな違いがあるのでしょう。

まあ、文明が明らかに進んでいますが、感覚的に行動をしやすい時代背景なのかどうかってことですね。

僕としては現代は幕末の転換期と同じように、既存の仕組みは虚構の安定であるように思えています。

単純な話、働き方もかなり多様になっていますし、今まで強大な影響力を持っていたマスメディアも個人で情報発信したり、情報を受領することができるのでかつてほどの影響力もなくなってきているよういに感じます。

少し前に起きた情報革命と呼ばれるムーブメントもこれからの働き方を変える大きな要因の一つなのではないでしょうか。

幕末のように血を流すことはないとしても、日本以外ではYouTubeを発端に革命が起きている国も事実あります。

幕末は確かに変革が目の前にあり、行動次第で大きく世界を変えることができたと結果論としてみることができますが、ともなれば現代も行動を起こすにはもってこいの時代ではないでしょうか?

そりゃ行動をして、一瞬で状況は変わりませんが、きっかけを作ることは間違いなくできます。

死刑にもなりません笑

世界は僕たちのことを無視して、どんどん変わっていて、行動している人たちがガンガン変革起こしています。

取り残される前に、志を持って、覚悟を決めて行動することが、すべての源になるのではないでしょうか。

あの時代は良かったとかいうのは行動をしない理由にはなりませんからね。

松陰先生からの6つのお話

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ふう、なんか真面目に書いていると少し気恥ずかしく思えますね笑

ここで、松陰先生の考え方を少し抜粋させていただきたいと思います。

すーっと心に入ってくるものがあるのではないでしょうか。

学びの賞味期限
すぐれた人の話や文章に触れて、自分も真似してみようと思うことは簡単です。しかし学んだ今すぐ、その気持ちを行動に移して、結果を出してみなければ、その学びは二度と自分のものにはならないでしょう。

やればわかる
行動を積み重ねましょう。必要な知識や言葉は、やっているうちに身につきます。

やる恥やらない恥
「やります」と宣言したことを、とりあえずやってはみたものの、まったくうまくいかずに恥をかいた。
「やります」と宣言したものの、もしうまくいかなかったときに恥をかきそうだから、そうなる前にやめておいた。
二人の自分を鏡に映したとき、本当に恥ずかしい人物はどちらでしょう?

体験するまでは虚像
世間でいう批判とか賞賛とか、どれもこれも、あてになったためしはありません。真実は、むしろ逆であることの方が多いです。そんなことは百も承知のはずなのに、ありもしない幻想を、あると決めつけ、追いかけることに骨を折る気でしょうか。

ヒントを無駄にするな
多くの本には、すばらしい人生を送った人や、賢い生き方をしている人に発言や行動が記録されているわけですが、「それはあくまでも本の話、自分とは関係ない」と、頭でっかちな人ほどよく言います。

本当に知恵をつけたいと思うなら、賢い人の言ったことや、やったことを、「結果論だ」と斜にかまえたりせず、とりあえず試してみてはいかがでしょうか。

懇願
お願いです。本当にお願いですからたった一回負けたくらいで、やめないでください。

まとめ

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今回はがっつり書いてみました。
かなり長くなっているので、あとから読めるようにブックマークしていただけると嬉しいなーって思います!

こんなふうにえらっそうに書いたわけですが、僕もまだまだ実践中の身です。

全然うまくいかないことのほうが多いですし、模索している段階のことも山ほどあります。

迷うときもいっぱいあるので、そんなとき僕は吉田松陰先生の本を読み直して、自分が何をすべきなのかを再確認することが多いです。

でも、自分に嘘をついて生きていないので、心はすごく晴れやかで穏やかな気持ちです。

愚痴もほとんど言わなくなりました。

これは意識してないことなんです。ですが、気づけば前向きなことにばっか目が行くようになっています。逆境に対して、前に進むためのヒントを毎日探しています。

このヒントは実際に行動することでのみ、見えるものだと信じているので、毎日本当に小さいことからチャレンジしています。

これでも十分道を開くことができたと思っていますし、やらないよりも本当に心が澄んでいます。

吉田松陰先生は自分の志のために命を燃やし尽くした人で、今の僕でも死罪覚悟で行動できるかはわかりませんが、少なくとも挑戦することの大切さは学びました。

起業や独立を考えている人、今の仕事に行き詰まっている人、就活で苦しんでいる人、どんな方でもいいのですが、ほんの少しでもこの記事で背中を押すことができれば幸いです。

#今回紹介している松陰先生の引用文はすべて「覚悟の磨き方 池田貴将編訳」から引用させていただきました。

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